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【海外生活】新しい環境に適応するための”コア”の保持 スウェーデン大学院生が思うこと

今回の記事では、こないだ彼と話していてふと考えた、「新しい環境に適応する」ということについて、書いてみたいと思います。

 

私はスウェーデン生活2年目(学部時代の交換留学1年+こちらでの大学院生活5ヶ月)なのですが、今のところそこまでひどいホームシックを感じたこともなければ、日本に帰りたいとか帰ってもいいなと思ったことはありません。

 

私の性格的に、新しい環境に行くと前までの環境のことを結構きれいさっぱり忘れてしまうという特徴はあります(笑)ただそれ以外にも、無意識だったけど新しい環境への適応に役立っているかも、と思ったことがあるので、それをまとめてみたいと思います。

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  1. コアを守り続ける
  2. 私の場合
  3. コンビニがなくても怖くない
  4. 適応力ってなに

コアを守り続ける

「新しい環境に適応する」っていうと、自分の中の色んな考え方とか行動とかを柔軟に変えていく、っていうイメージがあると思います。ただ個人的には、もちろんそれも重要ではありつつも、それよりも自分の中の「コア」な部分を守り続けることが最も重要なポイントなのではないかなと思っています。

 

自分にとって大切な価値観、大切な人、大切な習慣、など自分のコア(「核」や「芯」ともいえるかもしれません)となる部分に変化を起こすのはだいぶ大変だし、だいぶストレス。自分で変えたい場合はともかく、変化を強要される状況とかになったらだいぶ病む気がします。ただ、海外生活は自分でも気づかないうちにその状況になっていることが多いと思うのです。

 

例えば英語を上達させたいから日本の家族とか友達との連絡は控えようという心理が働いたり、そもそも新しい学校なり仕事なりで大変だから日本にいる大切な人との連絡頻度が落ちたりすることもあるかもしれません。日本食命!みたいなタイプなのに、海外で手に入る日本の食材は限られていたり高かったりするから日本食を作ることが減る場合もあります。または、外向的であることがより好まれている文化圏に来たから、もしくは単純にせっかく海外に来たから、という理由で、本当は内向的で自分の時間が大切なタイプなのに、自分の限界以上に外に出るということもあるかもしれません。

 

私の場合

上で挙げた例は、全部私の核となっているものに基づいています(笑)私の場合でいうと、自分を構成しているものの中で特に重要な要素は「友達」「美味しいもの」「1人の時間」だということが22年間を通してわかってきました(笑)

 

私は自然とこの3つを大切にしながら、これまでの海外生活(とはいってもまだ1年半ですが)を過ごしてこられたから、それなりに幸せに、日本を恋しがることもなく暮らしてこられたのではないかなと思っています。

 

日本の大切な友達とは頻繁に電話しているし、私も彼も料理が好きなので美味しいもの(特にアジアのご飯)を良く作っています。3つ目の1人時間(内向的な自分を認めること)は難しいこともありますが、クラスで周りの人にたくさん話しかけられなかったりしてもそれで良いと思ってるし、わざわざ留学だからといって特別多く色々な集まりに顔を出しているということもありません。この内向的な自分を認めることに関しては↓の記事で、少し詳しく話しています。

fika.hateblo.jp

 

とはいえ、常に上手く行って来たわけでもありません。日本の友達との繋がりは常に保って来たものの、肝心の現地での友達作りの大切さを忘れていたせいで、プチ冬季鬱に陥りかけたこともありました(↓の記事参照)。

fika.hateblo.jp

 

私が自分の核として上で挙げた3つのものだって、ほとんどこの1年半の海外生活のアップダウンを通してわかってきたものです。特に3つ目の「1人の時間が必要なこと/大人数が苦手なこと」に関しては、3年半前初めて留学に来た時には全然わかってなくて、日本に住んでいるときよりも社交の場に多くさらされた留学生活を通して、ようやく気が付きました。

 

でもそれを通して、日本に帰った後も無理に大人数の場に行くことをやめたら、日々の生活の質も上がりました。自国にいるときはなんとなくやり過ごせていたことも、海外とか新しい環境ではやりすごすために必要なエネルギーが増えて、ようやく自分の中で何が侵害されたら幸せじゃないのか(コア)に気づくことができるのでしょう。これは私の中で1つ、海外とか環境を変えることで自己理解が深まる原理なのではないかと思っています。私も、これからも続いていく海外生活を通して、さらに自分の芯を発見していく可能性も大いにあります。

 

コンビニがなくても怖くない

逆にいうと、そんな芯の部分だけ、揺さぶられても守り続けてさえいれば、その他の部分は柔軟に流れに任せて変わって行っても意外と大丈夫、というのが個人的な感想です。例えば私にとっては、生活の便利さ(コンビニの有無、お店の営業時間の長さ、交通の遅延など)が減っても、毎日お米とか日本食が食べられなくても、学生寮やシェアハウスで共同のキッチンが汚くても、別に大丈夫だった、ということです。

 

ただ、私はスウェーデン以外の国に長期で住んだことがないので、初めて住んだ外国のスウェーデンがたまたまあっていた可能性も捨てきれません。私のコアを侵害するものがあまりなかった、本当は上の3つ以外にも私の中にコアはたくさんあるけど日本にいるときのように自分でもその他のコアに気づくこともなく生活できている、という可能性もあります(笑)もし今後、他の外国に住む機会があったとしたらどうなるのか楽しみだなという感じです。

 

適応力ってなに

ということで今回は、適応力って何だろう、という問いに対して考えていたことを書いてみました。意外と自分の中での必要最低限以外の条件は変わっても生活できる、逆にその必要最低限の部分は何があっても守る、というのが新しい環境に適応する上で大切なことなのかなと思っているわけです。それでは、また次回の記事でお会いしましょう~